「弁護士は食えない」は本当なのか問題

僕が大学生くらいの時から「弁護士は食えない」というメディア報道が過熱となり、就職難であるとか、給与水準が低くなったとかが盛んに叫ばれるようになった。実際、そういった報道に接して弁護士になるのを辞めた人も多いように思う。

しかし、データからも、体感からも、これは(少なくとも現在では)嘘だと思う。心配して弁護士という進路を辞める必要は全くない。

そこで、大きく1就職 2弁護士の需要 3給与水準に分けて書いていきたいと思う。

 

1 就職

司法制度改革により弁護士の数は大幅に増加し、就職が難しくなったと言われた。せっかく司法試験に合格しても就職が無いだとか、即独(事務所に就職せずいきなり独立すること)をするしかないだとか、事務所を借りる金がなくケータイ一つで活動せざるを得ないとか、酷い言われようである。

これについて友人がお世話にもなっている坂尾先生が大変わかりやすい記事を書かれていたので、参考にしてほしい。

ginzalibrary.com

辛辣なことも書かれているが、非常にわかりやすくかつ正確な指摘だと思う。

これによると、新65期前後は(就職難というのは)真実で、60期後半以後は嘘、ということである。

すなわち、今から8年前の2012年前後はたしかに就職は難しかったが、その後改善され、むしろ就職は比較的簡単になったということである。

この理由としては合格者数の減少大手事務所の採用数の増加が挙げられている。

 

合格者数の減少

すなわち、65期前後は合格者数が一番多く2000名以上いたが、その後減少し、現在は1500名前後となっている。

毎年供給される新人の数が4分の3にも減れば、当然売り手市場に傾く。

 

大手事務所の採用数の増加

そして、大手事務所は採用数を年々伸ばしている。具体的に、五大事務所と言われるところに話を限っても、65期は合計98名の採用だがその数は年々増加し、72期では214名となっている*1

すなわち、72期についていうと、修習修了者は1487名なので、およそ7人に1人が五大に就職する

さらに、東京の弁護士に限ると、東京三弁護士会の登録数は596名なので*2東京で登録する弁護士のおよそ3人に1人は五大に就職するということになるのである。僕も調べてみてこんなに多いのかと驚いた。

さらに、五大に加え、いわゆる新興系と言われる事務所も年々採用を伸ばしており、例えば72期の採用はアディーレは19名、ベリーベストは42名である。

このように、企業法務の拡大によって弁護士の採用数は年々増加しており(しばらくこの傾向は続くと思われる)、受け口は確実に広くなっている。

 

このように7年前と比べれば合格者数は4分の3に減少し、採用数は増えているのだから(五大だけでも2倍)、当然就職は容易になっているといえる。

 

2 弁護士の需要

弁護士の数が増えて仕事が無い…と言われる根拠の一つに、裁判件数の減少がある。

司法制度改革は「法の支配」をあまねくいきわたらせる、との理念のもとに始まり、裁判件数が増加することを見込んだが、思うように数は増えなかった。

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*弁護士白書2018年版(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/statistics/data/white_paper/2018/3-1-2_tokei_2018.pdf)より。むしろ減少している。


まぁ日本人が元来争いを好まない性格であることを考えれば当然かもしれない。

では、裁判を飯のタネとする弁護士の仕事は減ったのか?

そんなことはない。弁護士の仕事は何も裁判・訴訟だけではないのである。

企業法務のメインの仕事はいわゆる予防法務、すなわち、紛争にならないように未然に法的リスクを指摘し、アドバイスする業務である。あるいは業務を進めるために新たな契約書を作成したり、交渉したりする業務である。裁判まで発展するケースというのはかなり少ない。

実際僕も弁護士になって9か月経つがあまり訴訟には関与していない(これはこれで弁護士として問題だと思っているが……)。日常の業務は、NDA(秘密保持契約)や売買契約等の各種契約書のチェック、SPA(株式譲渡契約)や利用規約の作成等、その他企業からの相談に対応するための判例や文献のリサーチ等である。

むしろ、新たなサービスが日々増え、M&A等が盛んに行われる今の経済情勢にあって、こういう仕事の需要は益々増加しているのである。

 

街弁に代表されるような昔ながらの弁護士像、すなわち市民が相談に来て裁判に行って、、、というのはたしかに少なくなっているかもしれないが、他方で上記のような企業法務の需要は増加しているのである。

最近はドラマSUITSの影響で企業法務弁護士の姿も知られるようになってきたと思うが、僕が初対面の人と話している限りはまだまだ十分に認識されていない。かつての弁護士ドラマで企業法務を扱うものは少なかったし、仕事で企業法務弁護士と接する人も事業会社の法務部等限られているから、仕方ないのもあるだろう。

それなのにイメージだけで「裁判が減ってるから弁護士の仕事も減っている!」とか言われるのは正直たまったものではない。よく調べてからモノは言ってほしい。

 

3 給与水準

「所得」

給与水準が下がったという例としてよく持ち出されるのは、国税庁の統計である*3

これによれば弁護士の半数の所得は600万円以下であり、たしかにあまり高くない。

しかし、まず注意しなければならないのは、これは「課税所得」だということである。弁護士は基本的に個人事業主なので経費が使える。節税した上での所得なので、通常の会社員の額面給料とは意味が違う。

また、これは地域差を考慮していないので、東京に限ればもっと高いと思う。

さらに、表の見方を変えれば1000万円以上が3割だし、2000万円以上は14%もいる。これはやはり通常の会社員に比べれば高い水準といえる。

 

 

所感

ここからは主に友人から聞いた話だが、周りの友人などを見ていると、給与水準は全然これより高い。

*ただし、東京と大阪(主に東京)しか知らないので、そこは割り引いてください。

まず、大手事務所や外資系事務所の初任給は1000万を超える(あまり詳しくは書くべきではないだろうけど、これくらいは書いてもいいのではないかと思うので書いています)。東京の新卒弁護士の3分の1以上は1000万円以上からスタートしているのである。

その他の事務所はかなり差はあり、確かに600万円くらいのところもある。しかし、前述のように大手の数が圧倒していることを考えれば、大体東京の事務所の初任給の平均は700〜900万といったところではないだろうか。ちなみに、大阪だとおそらくその-100〜200万というところだろう。

弁護士になるために費用と時間を要することを考えても、この水準は依然として高い。もちろん一部の金融やコンサルもかなり高い給与水準にあるが、普通の企業に入れば10年位働いてようやく到達できるであろう額に、1年目からいきなり乗れるというのは夢がある。

 

というわけで、きちんと勉強して司法試験に受かれば(まぁそれが大変なのだが)、きちんと稼げる環境にあると思う。弁護士という人種はひねくれ者が多いのか、Twitterを見ていても自嘲的な人が多いが、もっと魅力を発信してもいいのではないかと思う。