ぺんぎんぺーぱーちぇーす -PennLawLL.M.留学記-

University of Pennsylvania Law School LL.M.(ペンシルベニア州フィラデルフィア)を修了し、日本に帰ってきました。留学時代のことやアメリカのことなどを細々と書いていきます。

2011年ヨーロッパ旅行からの帰りの旅行記




2011年3月18日
モスクワ発成田行きアエロフロート航空機内での旅行記より


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 というわけで、僕は今、東京へと戻る飛行機の中にいる。
 辺に仰々しくするのをやめて普通に書こうか。ともかく、大学1年春、20歳のヨーロッパ一ヶ月旅行*1がこうして幕を閉じようとしているわけだ。今は実感がないというか、振り返るにはまだ早いと言うか、なんだか淡白な気持ちでいるけど、なんでだろうか。いや、なんでだろうか、というよりも、それはいつものことなのかもしれない。京都大阪*2のときも、東南アジア*3のときも、帰りの飛行機に乗る時はお金がなくて、時間もなくて、体は疲れきっていて、早く家に帰って湯船につかりたい、東京に残してきたあらゆることに取りかかりたい、そういう気持ちに支配されていて、のんびり旅を振り返る余裕なんてなかったのだ。デジカメもなくしてへこんでたり、メシも食いそびれるほど爆睡したりして、それどころではなかった。

*1: ポーランドチェコ、ドイツ、ルクセンブルク、オランダ、ベルギー、フランス、イギリス、ロシアを30日間で旅行した
*2: 高校2年春の京都大阪一人旅(1泊2日)
*3: 大学1年夏の東南アジア一人旅(3週間)



 今回はまだ時間的には余裕があって、金もないにしろカードでやりくりしてきた。モスクワに向かうまでは疲れきっていたけど、そこでたっぷり寝たおかげで今はまだ目も覚めている。ただ、今回は地震のこともある。初めてまともに日本のメディアに触れて*4、事の重大さを改めて実感した。たしかに関東大震災に比べたらまだ被害も少ないけど、これからも増えそうだし、メルトダウン、更なる大地震の可能性もある。

*4: 一応ロンドンでネットの情報には触れたが、新聞と週刊誌を読んだのは、機内が初めてだった


 この日本の異常事態のとき日本にいられなかったというのは、正直、残念、というか、もどかしいというか、日本国民として身近で知り、体験し、それについて考えたかったというのが本音だ。どこかにハプニングを楽しみたかったという不謹慎な思いもあるけど、少なからず都民はみんなそういう思いがあるんだと思う。話題や気持ちも共有できたりして、暇人には格好のひまつぶしだし。

 それでも、東北の状況を考えると、背筋が凍る。戦争の惨劇に近いものが、今実際にあの郡山や仙台で起こっているんだ。おれと同じ日本人が、恐らく一万人は死んだんだ。それも、津波に流されて泥まみれになって、無惨な死に方だ。そしてこれは天災であって、どうしようもできない。誰のせいでもない。その虚しさはどれほどのものだろう。住んでる地域が違うだけで、生死が別れる。これほど恐ろしい事はない。

 ただ、こういう機会に日本にいなかったことは、いかに日本が海外で広く認知され、思いやりを与えられている国かってことを、強く教えてくれた。この旅行中、やっぱり欧州人に憧れを持つことが強くあったけど、最近は、日本人としての誇りを持てるようになってきた気がする。日本人のアイデンティティが強調されたから当然かな。そして、今は本当にグローバルで、地球の裏側の出来事もきちんと耳に入ってくる。世界は一体なんだ、ということを再認識した。同時に、情報の有無がいかに大事かも。自分が認識できるから世界は存在していると言うけど、自分が知らない情報は、”自分”の中では無いと同じなんだと思うと恐ろしい。ロンドンにいたとき、偶然TVがあって日本人がいたから知ったけど*5、そうじゃなかったらおれはしばらく何も知らず旅行をつづけていたんだろう、その可能性もある。こわいことだほんとうに。

*5: ちょうどパリから夜行でロンドンに着いた朝、ホテルのロビーで朝食を食べながらテレビを眺めていたときだった


 話がそれてしまった。旅行のことだ。今回は出だしから最悪で、準備も不完全だったし、色々やりのこして後ろ髪を引かれる思いもあった。おまけに歯も痛くなった*6。
 ヨーロッパは美しく、崇高で、そのすばらしさはますますおれを孤独にした。宿や街角で人との交流はあれ、それは日本におけるものと同じに近く、物足りなさを感じた。ただ美しい街並みや観光名所を消化していくことに、虚しさを覚えた。どうしても前の東南アジア旅行と比べてしまって、前の”冒険感”が恋しかった。皮肉にも、案の定、今回ヨーロッパに来る事で、前回の旅はいかに素晴らしかったかがわかった。

*6: 気圧の変化で親知らずが悪化し、ポーランドにいた時はずっと歯が痛み食事ができなかった。クラクフで歯医者に行き、薬をもらって回復した


 結論として、ヨーロッパはやはり一人で来るところではないし、貧乏旅行するべきでもない。こういう場所でお金がないと、本当にみじめになってしまう。
 しかし、と行って、今回のヨーロッパ行きを後悔しているわけではない。行き先も迷ったわけだけど、こうして旅を終えてみると、今回の目的地はヨーロッパ以外考えられなかった。なんだかんだ行って建物の美しさは半端ではなかったし、何より歴史的に有名な建築物、そして絵画や美術品の数々を実際にこの目で見るということは、計り知れない価値があると思う。このあたりは、先進国、そして歴史の中心でありつづけたヨーロッパならではのことだ。

 歴史の中心、という意味では、というか、現在の世界の中心、という意味でも、ヨーロッパに行って、そこに住む人々と接することは、そのまま現代社会やひいてはこの世界そのものを理解することにつながったと思う。他の地域をまだ見てないからあれだけど、紛れも無くヨーロッパは世界の中心だと思う。とくにパリなんかは、やっぱり他にはないオーラ、「パリ」、みたいのがあった。

 ”バックパッカーの旅”としては途上国を回る方が楽しいに違いない。でも今回はバックパッカーという身軽さをいかして、ヨーロッパの実に9カ国も行けたわけで。こんなこと、ふつうの旅行ではまずありえない。今までの遅れを取り戻せた気がする。

 そして、こういうキレイな国を見たあとでこそ、途上国の旅がまた一段と楽しくなることはまちがいない。今回行きそびれたスペイン、イタリア、スイス、オーストリアハンガリーギリシャなんかも行きたいけど、そこいらは友達・彼女と行く用にとっておきたい。次はどこにしよう。中東、インド、アメリカ大陸。今後の自分の身の振り方をどうするかにもよるけど、ここらの旅をエンジョイするのが楽しみ。そして、旅を重ねるたび、各々の旅の記憶は深まるどころか、より自分の中で輝いて、新しいものを訴え続けるんだと思う。

 さて、日本時間ではもう朝の6時だ。寝なきゃ。日本についたらやることが山のようにある。でもしばらくは心身ともに休みたい。でも、前回みたいに何もやる気がしない状態にはなりたくない。今回の旅で経験したこと、思ったことをきちんと残し、吸収し、今後、もっと素晴らしい人間になりたい。旅が人間を変えるかどうかは、終わってからどうするか、何をするか、で決まるんだと思う。



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4年前の旅行の日記を抜粋してみました。投稿しようと思って下書きして忘れてた…

随分と青臭いこと?を書いてある気がします。

「旅で人間なんか変わらないんじゃないだろうか」、というのが現在での感想です(それこそ上に書いてある旅が終わってからの過ごし方が悪かったのかもしれませんが)。だいたい、何年もかけて築き上げてきた人間性がたった数週間くらいで変わると考えるのもおかしいのかなと。そんな簡単に変わってしまったら、逆にそれはそれで虚しいような気がします。
留学の時も思ったのですが、結局はどこに行こうと自分は自分なのだなと。Wherever you go, you're yourselfですね。


でもまぁ、このヨーロッパ旅行を契機にアメリカ留学を決めたわけだし、それがなければ今度のUPennへの留学もない。そう考えると、かなり自分の人生に影響を与えたことは間違いない。


震災が起きたときロンドンにいたわけですが、日記にあるように、かえって色々大切なことに気付かされたような気がします。恐ろしいのは、このあと家に帰って止まった信号機と真っ暗のコンビニを見るまでは事の重大さを実感できていたわけではないということでしょうか。海外にいると、自分の国のことすら非現実的に感じる。世界の一体性を感じている一方で。


アメリカに留学なんかしてると「アメリカが世界の中心」とか思いがちですが、ヨーロッパを色々回った経験のおかげでわりとバランスが取れたのかな、と常々思います。いつも心の中でアメリカとヨーロッパを比較することができてる。

日記にも書いてあるけど、もう少しお金ができてからヨーロッパは行きたいな。

あーーー、でも。今すぐにでもワルシャワに行きたい。何というか、「初めての海外」であるバンコクと並んで、「初めてのヨーロッパ」であるワルシャワは思い出の場所。到着してすぐ行った、雪化粧した夜の新世界通りの美しさは忘れられない。

久々にヨーロッパに思いを馳せたいと思います。