H30司法試験再現答案―刑事訴訟法

設問1
1 捜査①
(1) 本件捜査が「強制の処分」(刑事訴訟法(以下略す。)197条1項但書)に該当すれば検証令状(218条1項)を要するところ、令状なく行われている。そこで「強制の処分」に当たれば令状主義(同項、憲法35条1項)に反し違法となるため問題となる。
ア 法が「強制の処分」につき厳格な手続を定めているのは、相手方の明示又は黙示の意思に反して憲法が保障する住居・財産等の重要な権利を制約することにある。そこで、相手方の意思を制圧し、憲法が保障する重要な法的権利を制約する処分をいうと解する。
イ 本件で、甲が公権力により証拠収集の目的で無断でその容貌・姿態を撮影されることを許可するとは考えられないため、捜査①は甲の黙示の意思に反しており、その意思を制圧している。
 捜査①は、憲法13条後段によって保障される、甲の公権力によってみだりにその容貌・姿態を撮影されない自由という重要な法的権利を制約しているとも思える。しかし、撮影が行われたのは公道という不特定多数の者が往来する公の場所に面した事務所の外であり、他人からその容貌・姿態を観察されることを受忍せざるを得ない場所である。しかも、撮影はわずか20秒間にとどまる。
 そうすると、憲法が保障する重要な法的権利が制約されているとまではいえない。
ウ したがって、本件捜査は「強制の処分」には該当しない。
(2) そうであるとしても上記自由は制約されうるから、捜査比例の原則(197条1項本文)の下、任意捜査の限界を超えないものでなければならない。すなわち、当該捜査を行う必要性・緊急性やそれにより制約される利益を考慮し、具体的状況の下相当といえなければ違法である。
ア 捜査の必要性・緊急性
 本件の被疑事実の詐欺罪(刑法246条1項)は最大で懲役10年が科されるし、被害額も100万円と少なくなく、重大犯罪といえる。そして、Vの証言はステッカーについて詳細に至り信用性が高いところ、甲はステッカーと領収書に示されたA工務店の事務所に出入りしており、Vの証言と一致する中肉中背の男性であることからも、甲の嫌疑は濃厚である。
 そして、Vに甲の犯人性の同定をさせるために甲の画像が必要であるところ、事務所の窓にはブラインドカーテンが下ろされ、両隣には建物が接しているため公道から事務所内を見ることができないため、外にいるところを撮影しなければならず、本件捜査の必要性が高い。
 逮捕されれば科刑が重くなりうることから逃亡のおそれがあること、工具箱等の証拠物は容易に隠滅できることから、早急に犯人を特定する緊急性もある。
 したがって、捜査①を行う必要性・緊急性は高い。
イ 制約される利益
 たしかに、動画の撮影は動きを含めた画像を保存するものであり、静止画である写真撮影に比して本件自由の制約の度合いは高い。しかし、前述のように他人に容貌・姿態の観察を受忍せざるを得ない場所での撮影であること、わずか20秒間甲の姿を撮影しただけで、プライバシーに係る言動が撮影されたわけでないことからすれば、制約は極めて微弱である。
ウ よって、具体的状況の下相当といえる。
(3) 以上より、捜査①は任意捜査の限界を超えず適法である。
2 捜査②
(1) 捜査①同様「強制の処分」に該当すれば検証令状を要するため検討する。
ア 本件で、事務所という一定のプライバシーが及ぶ場所の内部の様子を公権力によって無断で撮影されることを甲が許可するとは考えられないため、捜査②は甲の黙示の意思に反しており、その意思を制圧している。
 本件では、甲の公権力によって私的領域に侵入されない自由(憲法35条1項)の制約が問題となる。たしかに、事務所は住居類似の私的領域といえプライバシーが及んでおり、その内部を撮影されることは同自由を制約しているといいうる。
 しかし、撮影が行われたのは公道ではないにせよ、マンションの住人多数が往来する2階通路の小窓であり、そこから見える範囲の撮影にとどまること、撮影されたのは工具箱のみであることからすると、上記自由はそこまで重要とまではいえない。
イ したがって「強制の処分」には当たらない。
(2) 任意処分の限界を超えないか。
ア 捜査の必要性・緊急性
 本件で、1週間の監視により本件事務所に出入りしているのは甲のみと判明し、甲がA工務店の代表甲である可能性が高く、嫌疑はより濃厚となっている。さらに、甲が持っている赤色の工具箱にVの証言通りの「A工務店」と書かれたステッカーが貼られていれば犯人性を推認する有力な証拠となるところ、ステッカーが小さく、甲が持ち歩いている状態ではその有無を確認することが困難だった。そのため、たしかに、工具箱を撮影する必要性は認められる。
 しかし、甲が本件事件から1週間経過しても工具箱を処分せず持ち歩いていることからすると、監視を延長すれば、甲が工具箱を再び持ち歩き、休憩のため置くなどして撮影できる機会は十分にあったと考えられる。そうすると、あえて事務所内を撮影する捜査②を行う必要性はそこまで高いとはいえない。
 また、本件事件から1週間経過しても甲が逃亡せず事務所に出入りしていること、証拠物となりうる工具箱を隠滅していないことから、緊急性も低い。
 したがって、捜査②を行う必要性・緊急性は高いとはいえない。
イ 制約される利益
 たしかに、事務所に及ぶプライバシーは住居ほど高いとはいえないし、撮影はわずか5秒であり、対象も机上に工具箱が置かれている様子のみだから、継続的ないし網羅的に事務所内部の様子を把握するものではない。また、事務所内に警察官が侵入しているわけでもない。
 しかし、事務所も人が生活する空間という意味では私的領域といえ、その領域を撮影していることから侵入が認められる。そして、マンション2階の小窓から望遠レンズを用いて内部を見られることは想定しづらく、甲の姿が写っていないこともたまたまだから、上記自由の制約は比較的強い。
ウ したがって、具体的状況の下相当とはいえない。
(3) よって、捜査②は、任意捜査の限界を超え違法である。

設問2
1 本件メモ
(1) 本件メモは伝聞証拠(320条1項)に当たり証拠能力が否定されないか。
ア 伝聞証拠の証拠能力が原則として否定されるのは、知覚・記憶・表現・叙述の各過程で誤りが混入しやすいにもかかわらず、反対尋問等により吟味できず、その正確性が担保できないことによる。したがって、伝聞証拠とは、公判廷外の供述を内容とする供述又は書面で、要証事実との関係で相対的にその内容の真実性が問題となるものをいう。
 要証事実(立証事項)とは、その証拠から最終的に証明しうる事実をいい、一方当事者である検察官の主張する立証趣旨や争点を参考にして証拠ごとに決定する。
イ 本件メモの立証趣旨は「甲が、平成30年1月10日、Vに対し、本件メモに記載された内容の文言を申し向けたこと」とされている。本件で甲が「V方に行ったことはありません」と述べて犯行を否認しており、甲の犯人性が争点となっているところ、上記事実は甲の詐欺罪の実行行為である「欺」く行為の存在を示すものであり、その犯人性を肯定する事情となるから、要証事実と見ることができる。
 そして、その要証事実との関係では、甲がVに発言した内容をVが正確に知覚・記憶しそれ通りに表現・叙述しているか否かを吟味する必要がある。
ウ したがって、本件メモは要証事実との関係でその内容の真実性が問題となるから、伝聞証拠に当たる。
(2) 伝聞証拠に当たる場合でも伝聞例外(321条以下)に当たれば例外的に証拠能力が認められるため検討する。
ア 本件で、弁護人は本件メモにつき不同意としている(326条)。
イ そこで321条1項3号の書面に当たらないか。
(ア)本件メモは「被告人以外の者」であるVが「作成した供述書」(同項柱書)である。
(イ)「供述することができ」ないとは、列挙された事由等を理由として供述不能が一定期間継続し、供述が実質的に不可能あるいは著しく困難であるこという。
 本件で、Vは脳梗塞により意識不明となり、回復の見込みはないとされている。そして、仮に回復したとしても記憶障害により取調べは不可能とされているから、Vは供述が実質的に不可能であり、「精神若しくは身体の故障」により「供述することができ」ないといえる。
(ウ)「供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができず」とは、それが唯一の証拠であることは要さず、犯罪事実の立証に重要で不可欠といえればよい。
 本件で、甲は被疑事実を否認しているところ、本件メモは甲の詐欺罪の実行行為の存在を立証するものであり、これに当たる。
(エ)「供述が特に信用すべき情況の下にされた」か否かは供述時の外部的事情から判断する。
 本件メモは記憶が依然明確といえる事件当日に書かれている。そして、長男という信頼できる関係にあるWの発言を受けてその場で書かれており、さらにその内容は当夜VがWに話した内容と同じであった。そうするとこれに当たる。
(オ)よって、同号の伝聞例外の要件を満たす。
(3) 以上より、本件メモの証拠能力は認められる。
2 本件領収書
(1) 「本件領収書の存在と内容」を要証事実とする場合
ア 伝聞証拠に当たらないか。
イ 本件領収書の指紋・印影が甲の指紋・認め印の印影と合致していること、領収書の日付と事件の日付が一致していること、Vの名前が記されていることからすると、本件領収書が偽造であることは考えがたく、本件領収書が甲により作成されVに交付されたことが認定できる。
 そして、領収書は金銭の交付に対して交付されるものであるから、経験則上、金銭の授受がなければ領収書を交付することはおよそ考えられない。
 そうすると、本件領収書が存在すること自体が、甲V間において金銭の授受があったことを推認させる。
 そして、その推認過程においては本件領収書に記載された内容の真実性は問題とならない。
ウ したがって、「本件領収書の存在と内容」を要証事実とした場合、本件領収書は伝聞証拠には当たらないから、証拠能力が認められる。
(2) 「甲が平成30年1月10日にVから屋根裏工事代金として100万円を受け取ったこと」を要証事実とする場合
ア 要証事実を検察官主張の立証趣旨同様に上記のように解すると、甲の詐欺罪の実行行為の存在が証明できる。そして、本件領収書の記載は甲の知覚等を経て叙述されたものであるところ、真実その日時に交付されたのか、目的は屋根裏工事であったのか、金額は100万円であったのか、といった記載内容の真実性が問題となる。
 したがって、伝聞証拠に当たる。
イ 伝聞例外に当たらないか。本件領収書は「被告人」である甲「が作成した供述書」だから、322条1項を検討する。
 「供述が被告人に不利益な事実の承認を内容とする」につき、本件領収書の記載は被告人甲の詐欺罪の実行行為の存在を承認するものだから、これに当たる。
 「任意にされたものであると認めるとき」につき、甲は誰かから要請を受けて本件領収書を作成したのではなく、自ら作成し交付したのだから、認められる。
 したがって同項の要件を満たす。
ウ 以上より、上記事実を要証事実とした場合でも、証拠能力が認められる。
以上
(4505字)

 

 

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刑訴は以前書いたように好きな科目で、そして(客観的評価はどうであれ)本番でも自分として満足がいく答案を書ききれたので、自己満足ですが再現答案を掲載します。5%ほど盛っていますが概ね本番通りだと思います。

 

コメントなど

全体

捜査法から強制処分該当性と任意捜査の限界、証拠法から伝聞・非伝聞の区別と伝聞例外、と非常にオーソドックスで真っ向勝負の問題でした。

設問1はTKC・辰巳両模試で類似の問題が出ましたし、設問2も予想されていた分野なので皆のレベルは高いのかなぁと思っています。それでも、というかそれだけに、結構差が出る問題であるとも思うのですが。

 

設問1について

強制処分は多くの受験生がいわゆる井上説の規範を立てると思いましたが、最高裁判例GPS判決)が出ている以上それに従った規範にしました。

以前は平成27年の採点実感の指摘を踏まえて理由付けをもう少し書いていましたが、最高裁の見解を書く以上不要だろうと考え理由付けは短くしました(むしろ無くても良かったと思いますが)。

また、捜査②はプライバシー権にするか迷いましたが、やはりここはGPS判決を踏まえて35条の公権力によって私的領域に侵入されない自由とすることが求められているだろうと考えました(合っているかわかりませんが…)。論述も判例の表現を意識することを心がけました。事務所と住居の違いに気づけたのも良かったと思います(現場での思いつきは本当は良くないんですけど……)。

 

再現答案を作るにあたり問題文を読み返してみて思ったのですが、捜査①ではVが犯人の顔はよく覚えていないと言っている以上同定確認のための捜査の必要性を高いとしてしまったのはマズかったかな……と思います。中肉中背というのも特徴的な見た目ではないですし、若干苦しい。

捜査②は強制処分で切るか迷いましたが、捜査が進展して必要性と緊急性を否定する事情が増えていてこれを使いたかったことから否定することにしました。

そしてさらに捜査①との違いを出すために違法と結論づけたわけですが、強制処分としての権利制約を否定しつつ任意捜査としての制約は高いとしたので、説得力ある書き分けができたかは少し自信がありません(矛盾していると捉えられないといいのですが……)。

 

設問2について

辰巳の福田先生の講座を受講していたのですが、試験委員に伝聞の専門家である堀江先生が就任されたということと、昨年弾劾証拠という若干特殊な分野が出たことから伝聞が正面から聞かれると予想されていました。さらにヤマあての直前フォロー答練では領収書の証拠能力がズバリ出ました。福田先生には本当に感謝です(ネット受講だったのでお会いしたことはありませんが)。

堀江先生はリークエの証拠法の部分を担当されています。この部分の説明は非常に丁寧でわかりやすく、今回の直球の出題からしても先生はものすごく素直でいい人なんじゃないだろうかと勝手に考えていました(そういえば京大の友人が堀江先生大好きでしたねぇ…)。

前回の記事で書いたように実況見分・犯行計画メモとかが苦手な僕は前日に友達とこれについて議論していたので、問題文を開いたときは正直ニンマリしてしまいました。

 

領収書について、あとから友達に言われて気づいたのですが作成者が甲であることとVに交付されたことは証拠上認定できるとされているんですよね…。そうすると指紋とかの事情をあえて使う必要はないわけで、どういうこと?と今でもわかりません。

領収書について323条3号の特信書面の検討はありえますが(書いた人が多いみたいですが)、今回の領収書みたいに機械的に提供されず個別的に作成される物の場合該当しないとするのが通説だったと思います。一応その旨触れようか思いましたが時間がなかったので省略しました。

 

 

設問1は4頁半、設問2は3頁ちょっとでほぼ8頁使い切るくらい書きました。刑法はともかく刑訴でここまで書いたのは初めてですし、設問2で若干走ったものの書きたいことはほぼ書ききれたので満足しています。これで間違っていてもしゃーないと思えます。

他の科目も刑訴みたいに実力を出し切れたと思えれば気持ちいいのでしょうが、なかなかそうはいきませんね……。

 

他の科目は気が向いたらアップします笑。